速水流とは
成り立ち
茶道速水流は約200年余り前、速水宗達によって創始されました。宗達は、利休以後の千家の名匠一燈宗室の薫陶を受け、21才で「茶人」として自立が認められ、以後も茶道の実践と研究を重ね、自らの茶道観・点茶体系を確立し、40代半ばには「一流派」として世に認められました。
これに前後し、岡山藩は彼を茶道指南役として招請、以後同地を中心に速水流が広く流布します。一方多くの門弟を擁する京都では、聖護院宮盈仁(みつひと)親王の懇望で、宗達は宮の終生の茶の師となります。宮の兄は光格天皇(明治天皇の曾祖父)、天皇から宮に「宗達という茶の名人に習われていることを嬉しく思う」とのお言葉があり、茶人宗達の実力や名声の程をがうかがえます。
特色
速水流の特色は、流祖宗達の茶道観に、最も鮮明に表われています。彼は実践と研究に基づき、茶道を「茶を介して人と人とが誠心の交わりを結ぶ礼式」と結論づけました。この場合の人とは、互いに人間として尊重できる人の事であり、茶事(茶会)の人々に秩序をもたらし、茶事を円滑に進める役割を果たすのが礼(敬意の表現)、と見なしています。
この茶道観は、従来の「茶禅一味」に代表される精神修養的な茶道観と明白に一線を画すものです。「心の絆を結ぶのが茶道」という流祖の提唱は、無論現代に至るまで速水流に引き継がれています。
